天正12(1584) 1歳
平田無二斎の次男として美作国吉野郡宮本村に生まれる。
慶長1 (1596)13歳
播磨国平福で新当流有馬喜兵衛とはじめて試合して勝利。
慶長4 (1599)16歳
但馬国秋山某という兵法者に勝利。
慶長5 (1600)17歳
伏見城攻防、岐阜城攻め、関ケ原の合戦に参戦。
慶長9 (1604)21歳
京都の蓮台野・一乗寺下り松・三十三間堂にて吉岡一門に勝利。
奈良で槍の奥蔵院道栄に勝利。伊賀の鎖鎌の使い手・宍戸梅軒に勝つ。
慶長10(1605)22歳
江戸にて柳生新陰流大瀬戸隼人・辻風典馬に勝利。
慶長13(1608)25歳
明石にて、神道流夢想権之助を破る。
慶長17(1612)29歳
舟島(巌流島)にて中条流佐々木小次郎を倒す。
慶長19(1614)31歳
大坂冬の陣・夏の陣に参戦。
元和4 (1618)35歳
東軍流三宅軍兵衛に勝利。 
元和5 (1619)36歳
造酒之助を養子として、姫路城下に住む。 
寛永1 (1624)41歳
伊織を養子にする。 
寛永3 (1626)43歳
造酒之助、主君本多忠刻の墓前で殉死。伊織、明石にて小笠原忠真に仕える。
寛永7 (1630)47歳
名古屋にて、徳川義直家臣を倒す。
寛永9 (1632)49歳
伊織、小笠原忠真に従って小倉に移る。
寛永11(1634)51歳
尾張国で宝蔵院流高田又兵衛を倒す。
寛永15(1638)55歳
松江にて、出雲松江藩主・松平出雲守直政を破る。
伊織とともに小笠原忠真の指揮監として島原の乱に出陣。
寛永17(1640)57歳
細川忠利より客分として熊本に迎えられる。
細川忠利家臣・柳生新陰流氏井椰四郎を破る。細川忠利家臣・塩田浜之助を破る。 
寛永18(1641)58歳
細川忠利の命により兵法三十五箇条を書く。
寛永20(1643)60歳
岩戸山霊厳洞にこもり五輪書を書きはじめる。 
正保2 (1645)62歳
五輪書を書き終えるが病気が重くなり、独行道十九条を書いて5月19日永眠。
・『宮本武蔵』の作者、吉川英治氏